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2023年11月13日月曜日

「きりばこ」?

 11月12日(日)のNHKラジオ「子ども科学電話相談」で、素粒子に関係する質問の中で、電話の向こうのおともだちから「きりばこ」の話題が出ました。番組では「きりばこ」について詳しく説明しませんでしたが、私の周辺の大きなおともだちから、「『きりばこ』って、なに? 「桐の箱」かと想像してしまった…」と話題になりました。

スタジオで回答していたときにはまったく気がつきませんでしたが、「きりばこ」という音を漢字に変換すると、多くの人が「桐箱」を連想しますね。

話題にされていたのは「霧箱」です。放射線の存在を目で見ることができるように工夫された実験装置です。箱の中で気体のアルコールが過飽和状態になっています。過飽和状態というのは、いまにも液体に変わってしまう状態になった気体だと考えましょう。ちょっとした刺激を受けると、気体はすぐに集まって小さな液体の粒になってしまいます。

放射線には「電離作用」があります。物質を電気を帯びたイオンの状態にしてしまうのです。そのため、霧箱の中を放射線が通過すると、通り道にそって発生したイオンが刺激となって小さな液体の粒になります。この液体の粒がたくさん集まって「白い線」になって見えるのです。

科学館などで見ることができますが、石川県が提供している霧箱の動画がありますので、ご覧ください。


私たちは常に放射線を浴びています。これらの放射線は、宇宙空間からやってきたもの(これを宇宙線といいます)だったり、地下からやってきます。私たちが食べているいろいろなものからも放射線は放出されています。これらのものを「自然放射線」と呼びます。

科学館などに設置されている霧箱は、そのような自然放射線を目に見える形にしているのです。

2023年9月10日日曜日

有機物と無機物

 9月10日(日)のNHKラジオ「子ども科学電話相談」では、なかなか難しい質問が飛び出しました。小学2年生のおともだちが、「有機物と無機物について考えていたら、化石が有機物なのか無機物なのか疑問に感じた」と質問したのでした。

小学2年生で無機物・有機物が気になるところなど、将来が有望なおともだちです。

無機物と有機物は「炭素があるかないか」だと考えている人も多いかもしれませんが、じつはそうではありません。無機物・有機物と生き物とは関係ありますが、生きているから有機物、生きていないから無機物というわけでもありません。

19世紀の中頃、「地球にもともとあるものと、実験室でつくることができるものを無機物、生物によってつくられるものを有機物」とグループ分けをしようとの提案がなされました。ところが、科学の発展により、これではまずい状況が生まれてしまいました。尿素(CO(NH2)2)を実験室で合成することができるようになったのです。その後、当時「生物にしかつくり出せないもの」と考えられていた物質が次々と実験室で合成されるようになり、無機物・有機物の定義を変えなければならなくなりました。

有機物は「物質の基本骨格に炭素をもつもの」、そして無機物は「有機物でないもの」というようになりました。炭素を含んでいても「基本骨格に炭素をもっていない」からと説明できます。たとえば、メタン(CH4)や二酸化炭素(CO2)は炭素を含みますが、有機物とはしません。ただ、現代では「有機物と無機物の明確な区別はない」とも言われているようです。

さて、化石は無機物・有機物のどちらでしょうか。化石とは「人類が出現する前の時代の、生物の遺骸や痕跡」を化石と言います。生物が生きている間、もちろんそのからだは有機物でできていますが、自然界で死んでしまうと微生物によってどんどん分解されていきます。このとき、とても珍しいことではありますが、条件が揃えば化石になって地層の中に保存されます。

化石は堆積岩中で発見されますが、生物の遺骸が湖や海の底に沈み、圧力を受けながら時間が経過して化石ができる(これらのほとんどは分解されてしまうので私たちの目には触れない)、というわけです。骨の中の成分が周りの土などの鉱物と置き換わっていくことで硬くなり、やがて化石になるのです。このときは炭素を含んだ成分は鉱物に置き換わっているので、無機物といえるでしょう。

しかし、とくに条件がよければ、古代生物の骨の化石に、爪の成分の「ケラチン」や皮膚をつくる「コラーゲン」がそのまま残されていることがあります。このようなものを研究して、古代生物の皮膚の様子などが明らかになっています。繰り返しになりますが、このようなタンパク質が残っているのは非常に稀なケースです。

2023年1月29日日曜日

みかんでプラスチックが溶ける!?

 本日放送されたNHKラジオ「子ども科学電話相談」で、

みかんを触った手でパソコンを操作してはいけない、とお母さんに言われました。プラスチックが溶けてしまうからと言われたのですが、手は溶けないのですか?

という質問がありました。みかんに含まれるなにが、プラスチックを溶かすのでしょうか。

みかんをはじめとする柑橘類の皮には、「リモネン」という物質が含まれています。リモネンには柑橘類に特有の香りをもった物質です。このリモネンが、プラスチックを溶かします。しかし、すべてのプラスチックを溶かすわけではありません。一言にプラスチックと呼ばれるものにも、いろいろな種類があります。ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリスチレンなどです。プラスチック製品には、「樹脂識別コード」と呼ばれるマークがついている場合があります。リサイクルのために付けられたマークですが、三角形に配置された矢印の中に、数字が示されたものです。もし、PETボトルが身近にあれば、ぜひ見てみましょう。三角形の矢印の中に「1」と示されているはずです。ポリエチレンテレフタレート(PET)の樹脂識別コードが「1」なのです。

リモネンで溶けるプラスチックは、樹脂識別コードで6番になっている「ポリスチレン」です。非常に幅広く使われている素材で、文房具や雑貨にも使われます。緩衝材や保冷ボックスなどに使われる「発泡スチロール」は、ポリスチレンに空気を大量に含ませて成型したものです。

私たちの体はポリスチレンでつくられていないので、みかんを触っても手が溶けることはありません。また、ジュースをつくるためのジューサーなどにプラスチックが使われていることがありますが、これらが溶けてしまわないのは、ポリスチレン以外のプラスチック製品が使われているからです。

さて、どうしてリモネンはポリスチレンを溶かすのでしょう。ここからが、番組で触れなかった内容です。

プラスチックにはいろいろな種類があると説明した中で、「ポリ◯◯」という物質を示しましたが、「ポリ」とはたくさんつながった、という意味です。ポリスチレンとは、スチレンがたくさん繋がっている状態になった物質なのです。

リモネンは、スチレンととても似た構造をしています。有機化学を学んだ人であれば、ベンゼン環をイメージできるでしょうか。スチレンもリモネンも、ともにベンゼン環をもつ化合物で、構造式がよく似ているのです。

ポリエチレンにリモネンが触れると、ポリスチレンとなってたくさん繋がっているスチレンが、リモネンに置き換わってしまいます。すると、せっかく繋がっていたエチレンの鎖がぷっつりと切れてしまうのです。これが、ポリスチレンが「溶けた」状態です。

身の回りにポリスチレンと柑橘類があったら、どんなふうに溶けるのか、確かめてみてください。ポリスチレンに柑橘類の皮を擦り付けたら、どんな感じになるでしょう? ぜひ、お試しください。

2022年8月1日月曜日

子ども理科実験教室!

7月 30日(土)、法政大学多摩キャンパスの近くにある団地「グリーンヒル寺田」で、夏休み恒例のイベント「子ども理科実験教室」を開催しました。グリーンヒル寺田では、毎月最終月曜日に「星空探検隊!」という天体観測会を行なっていますが、「星空探検隊!」に加えて夏休み特別バージョンとして開催しているものです。もちろん子どもだけでなく、大人も参加できるイベントです。

午後1時から午後4時 30分まで、休憩時間をはさんで3種類の理科実験を提供しました。実験は、

  • ペットボトルの中に雲をつくる実験と、夕焼け空が赤い理由をペットボトルを使って理解するための実験
  • 「つまめる水」をつくる実験
ペットボトルの中にしっかりした雲ができると、「わー!」とか「できたー!」と声が上がります(もちろん、きちんとマスクを着けて、換気も万全です)。夕焼け空を再現する実験では、「こっちからだとオレンジに見えるよ!」とか、「夕焼けと同じ!」などと聞こえてきます。子どもたちだけでなく、大人も一緒に実験を行うことが、この実験教室の特徴です。大人も子どもに負けないほど、興味津々に実験に参加していました。そんな実験中の写真をご紹介しましょう。写真撮影にご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。


小さな「つぶ」をつくってみました。青いイクラ⁈

「つまめる水」をつくっています! 大きいのが欲しいんだけど、できるかな? 



今回の子ども理科実験教室には、私のゼミ生2人(内冨椋介くん、長澤慎太郎くん)が手伝ってくれました。ご協力をありがとうございました。

私たちが行っている「子ども向け(もちろん大人も)理科実験教室」は、みなさんの家にあるものでできる理科実験を提供します。出張教室のご依頼があれば、日程を考慮の上、ご協力いたしますので、電子メール(m.fujita@hosei.ac.jp)でご相談ください。

今月の「星空探検隊!」はいつもどおり、最終月曜日(29日)にいつものところで行いますので、お楽しみに!

2022年7月18日月曜日

【講演会のご案内/健康都市大学・やまとみらいカレッジ】宇宙の現在・過去・未来

健康都市大学「やまとみらいカレッジ」で、8月27日(土)から毎週土曜日、5回連続で「宇宙の現在・過去・未来」と題した講演会が大和市桜丘学習センターで開催されます。講師は藤田貢崇が務めます。

 宇宙に対するあなたの関心はなんでしょう。

宇宙の始まり、宇宙の将来、この宇宙に存在するいろいろな天体、あるいは地球外生命体などでしょうか。あなたの宇宙に対する疑問を解き、さらなる疑問につなげる講義が始まります。日程と内容をお知らせいたします。詳細はこちらのウェブサイトをご確認ください

  • 8月27日(土) 第1回…驚き!   宇宙の広さ

「広い世界」の代名詞となる「宇宙」ですが、その大きさを実感することは難しいことです。いろいろな方法で、宇宙の広さを実感し、どうやってその大きさを知ることができるのかを学びましょう。

  • 9月3日(土) 第2回…地球のまわりになにがある?

地球上にはものが溢れています。では、宇宙空間はどうなのでしょうか。地球の近くの天体についての知識を確認しながら、太陽系や銀河系などについて学びましょう。

  • 9月10日(土)第3回…もっと遠くを眺めよう!

私たちにとってはとてつもなく巨大な銀河系でも、宇宙全体を考えれば小さなもの。銀河系を抜け出て、この宇宙にはどんなものがあるかを写真などを見ながら理解しましょう。

  • 9月17日(土)第4回…宇宙の「もと」はこんなに小さい!

広い宇宙の始まりはビッグバンから、とはよく聞く言葉ですが、 そのさらに前には何があったのでしょうか。宇宙の始まりを探りながら、 とても小さな世界についての知識を深めましょう。

  • 9月24日(土)第5回…これから宇宙はどうなる?

宇宙のはじまりがわかれば、宇宙のこの先も知りたくなるでしょう。現代天文学で考えられている宇宙の将来像を学び、この宇宙に私たちが存在する意味について、考えてみましょう。

現在、申し込みを受け付け中です。受講対象は「市内在住・在勤・在学の方」とされていますが、該当しない方でも、ご希望であれば

大和市桜丘学習センター 046-269-0411 

までお問い合わせください。みなさまの受講をお待ちしております。

2022年6月6日月曜日

「灰汁(あく)」ってなに?

 5日(日)の NHKラジオ「子ども科学電話相談」で、『コンニャクとゴボウ・ニンジンを炒めたら、コンニャクが緑色に変わってしまいました。熱のためですか、それとも野菜のためですか?』という質問がありました。

確かめるには、(1) コンニャクのみを炒めて色が変わるかを確かめる、(2) コンニャクとゴボウを炒める、(3) コンニャクとニンジンを炒める、の3パターンを確認すれば、なにがコンニャクの色を変えるのかがわかります。でも、今日のお昼ご飯のおかずだったので、そんな時間はないし、作っちゃったし…   となれば、「子ども科学電話相談」に電話! でしょうか。

コンニャクの色を変えたものは、ゴボウでしょう。ゴボウには「クロロゲン酸」という物質が豊富に含まれていて、クロロゲン酸はアルカリ性になると緑色を示します。よく耳にする「ポリフェノール」の一種で、ポリフェノールは植物がもつ苦みや色素の成分の総称で、5,000種以上もあるといいます。ポリフェノールには酸性やアルカリ性のもとでは、色が変わるものがあります。たとえば、紫キャベツに含まれるアントシアニンもポリフェノールです。

よく、野菜を調理するときに「灰汁(あく)を取る」ことがありますが、クロロゲン酸は灰汁の成分の一つで、「苦み」や「えぐ味」をもちます。子どもが野菜を嫌うのは、この苦みのせいだと言われることがありますが、逆に大人はタラの芽やコゴミなどの独特の苦みを楽しんだりします。

子どもはもともと、野菜の素材がもつ苦みは好みません。大人になるまでの過程で、いろいろなものを口にして「慣れていく」ことで、ふつうに食べられるようになるとか。みなさんにも経験があるのではないでしょうか。そんなことが記された記事を、かつて Science Window (科学技術振興機構)の「いただきますの向こう側」(2010年春号)という特集記事にまとめましたので、興味のあるかたはぜひ、PDFでご覧ください。

2022年6月4日土曜日

宇宙ゴミ ―スペース・デブリ―

宇宙ゴミに関心がある学生さんも、少なからずいるようです。

宇宙ゴミ(スペース・デブリともいいます)は、人間が打ち上げたロケットの部品や、役目を終えた人工衛星がそのまま地球の衛星軌道上に漂っているものです。宇宙飛行士がうっかり落としてしまった工具や手袋などまであるそうです。

この宇宙ゴミがどれだけあるかを NASA が発表しています。以下の図は、NASAで確認している直径が 10 cm を超える宇宙ゴミを白い点で示しています。


直径 10 cm 以上の宇宙ゴミ ©︎NASA


これらの白い点が宇宙ゴミです。「こんなにたくさん…!」と思うかもしれませんが、さらに遠方まで広がっています。宇宙に打ち上げられた人工衛星やロケットの切り離した部品は、回収されてこなかったため、こんなにあるのです。

この宇宙ゴミは、現在活動している人工衛星や宇宙ステーションに衝突することもあります。わずかな凹みなどで終わればいいのですが、加速した宇宙ゴミは凶器と同じです。人工衛星を破壊してしまうことも考えられます。 2011年6月28日には、国際宇宙ステーションに宇宙ゴミが接近し、乗員が避難した騒ぎもありました。また、2009年には、アメリカの衛星携帯電話会社 Iridium Satellite 社の通信衛星 “Iridium 33”と、すでに役目を終えて宇宙ゴミとなっていたロシアの軍事衛星 “Cosmos 2251” が衝突し破壊され、さらに700個近い新たな宇宙ゴミをつくり出してしまいました。

現在とられている対策は、ロケットの打ち上げ時には破片が出ないような設計をする、あるいは役目を終えた人工衛星は地球の大気圏に再突入させてしまう、などのほか、宇宙ゴミを回収する人工衛星の開発が進められていますが、まだ有効な手段は明確になっていません。

2022年5月17日火曜日

電子はいつも均等に分布するのか?

今年度の「物理学」の授業では量子物理学を扱っています。原子の構造は、原子核(陽子と中性子の集合体)の周囲に電子が存在していますが、この電子は「電子雲」のように広がった存在をしています、という話題を提供しました。中学校や高等学校では、以下のような図を学んでいて、とても規則正しく電子が位置しているようなイメージをもっているはずです。

酸素原子は原子核に8個の陽子をもつので、その周囲には8個の電子が存在して、電気的に中性(つまり、プラスマイナス0)になっています。

酸素原子の原子核(中心部)と周囲の電子の配置モデル

受講者から、こんな質問が寄せられました。

電子が電子雲として存在しているのであれば、電子が偏って存在することもあるのですか。

答えを先に言うと、「あります」。一般に、高等学校までの学習内容では、分子は電気的に中性になっていると学びますが、実際には必ずしもそうなっているわけではないのです。

身近な物質で、電子が偏って存在しているものがあります。その例は水です。水は酸素原子が1個と水素原子が2個でできる分子ですが、このとき電子が偏って存在します。高等学校までの知識では、プラス1の電荷をもつ H が2個と、マイナス2の電荷をもつ O2− が結びつけば、電気的に中性的になると考えられます。

ところが実際には、分子は必ずしも中性を示しません。水は、以下の図のように電子が偏って存在しています。

©︎ Kyowa Interface Science Co., Ltd.

1個の水分子でも、酸素に近いところは電子が偏って(つまりこの付近は電気的にマイナス)存在しています。逆に、水素の付近では電気的にプラスになっています。こうすると、水分子同士は酸素原子のマイナスの電荷と水素原子のプラスの電荷が引き合って、「水素結合」と呼ばれる結びつき方を示します。水分子で、この水素結合が強いことが、水の表面張力がほかの物質に比べて大きいことを説明できると考えられています。

2022年5月13日金曜日

ダイヤモンドと鉛筆の芯

ダイヤモンドと黒鉛は、ともに炭素(C)からできています。黒鉛がピンとこない人は、鉛筆の芯を思い浮かべてください。鉛筆の芯の主成分は黒鉛で、硬さを調整するために粘土を混ぜてつくります。

これらのダイヤモンドや黒鉛は、純粋な炭素からできていていますが、ダイヤモンドは自然界でもっとも硬いといわれる一方で、黒鉛は非常に軟らかいものです。同じ炭素でできているはずの物質(このように、同じ種類の元素でできているにもかかわらず、性質が全く異なる物質を「同素体」と呼びます)なのに、なぜもこんなに違うのでしょうか。

それは、炭素原子どうしの結びつき方の違いにあります。

炭素の結びつき方の違い(©︎sience-stock)

上の図のとおり、ダイヤモンドは1個1個の原子が周りの原子としっかり結びつき、このときの炭素原子は「共有結合」という方法で結びついています。

一方、黒鉛は六角形をつくりためには炭素原子は共有結合によってしっかりと結びついていますが、図の上下方向には非常に弱い力でしか結びついていません。この弱い結びつきは「ファンデルワールス力」と呼ばれるものです。

黒鉛がぼろぼろと崩れるのは、このファンデルワールス力が弱い結びつきであるためです。結晶構造が違うと、このように同じ炭素原子でできているのに全く違う性質を示すことができるのです。

2022年5月5日木曜日

「テクネチウム」って、なに?

5月5日(木)は、NHKラジオ第一放送の「子ども科学電話相談」の担当でした。大型連休の特別編成ですので、放送時間は朝8時5分から 11時 50分までのおよそ4時間に、「科学」の分野では4人のお子さんが番組に登場しました。

元素についてとても関心のある小学校1年生の男の子は、元素がどれだけあるのかを質問してくれました。彼は元素をしっかり覚えていて、元素名と元素記号をきちんと理解しているようです(こんなときに備えて、私のノートに元素の周期表が貼ってあったのでした…   すべての元素を覚えているはずもない私…)。

結論から言うと、元素は現在 118種類が認められていて、119番目の元素を求めて、日本をはじめ各国の研究機関が研究を進めています。宇宙で最初に誕生した元素は水素です。高温・高圧の初期宇宙では核融合によって、さらに大きな原子核がつくられていきます。このような核融合は、私たちの身の回りの「ふつうの状態」(常温常圧とも言います)では起こりえません。

恒星は核融合で生じたエネルギーをもとにして輝いています。太陽よりも重い恒星の中心部では、鉄までの元素が順につくられていきます。しかし、恒星の中心核で鉄が生成されると、恒星中心部の核融合はそこで止まってしまいます。つまり、恒星内部では、鉄より重い元素はつくられません。それは、鉄より重い元素をつくろうとすると、莫大なエネルギーが必要になり、エネルギーが足りなくなってしまうためです。こうなると、恒星の大気を支えていたエネルギーが失われ、恒星大気が一気に中心部に向かって落下してきます。このとき、大規模な爆発現象(超新星爆発)が起こり、このときに解放されたエネルギーによって鉄より重い元素の合成を進みます。

それでも、この超新星爆発によってつくられる元素はウラン(原子番号 92)まで。それ以降の番号の元素は、人間が科学の力で作り出した、人工的な元素なのです(ただし、ウランが中性子を捕獲することができれば、プルトニウムになることがあります)。

さて、番組の中で、お子さんが「テクネチウム」という元素を口にしました。みなさんはこの元素を聞いたことがあるでしょうか。原子番号 43番で、元素記号は Tc です。実はこの元素は変わり者で、安定同位体のない元素と考えられています。どういうことかと言うと、テクネチウムは放っておくと放射線を出しながら別の種類の元素に変わっていってしまう、ということです。このような状態を「安定同位体がない」と呼びます。

このテクネチウムは、SPECT と呼ばれる医学検査に利用されています。テクネチウムがガンマ線を放射することに着目し、CTでガンマ線を放射している位置を計測することでさまざまな情報を得ることができるのです。

身の回りで目にすることはなくても、いろいろな場所でさまざまな元素が使われている、という事例を紹介しました。

本日の放送分は、6月 30日(木)まで NHKの「聴き逃し」でお聴きいただけます。 

2022年5月1日日曜日

キラウエアを監視する科学の目

 Natureダイジェストのページで提供されている「Nature Video 活用事例」で、新しい記事が更新されました。今回は「キラウエアを監視する科学の目」です。キラウエアはハワイにある活発な火山。たびたび噴火しており、とても流れやすい溶岩が海岸にまで達します。

日本での火山は爆発的な噴火を伴いますが、そのような火山噴火とキラウエアの噴火は様子が違います。映像をご覧いただき、その違いを確認してください。掲載されている記事では、日本に火山が多い理由や、キラウエアの特徴なども解説しています。

私の出身地の北海道・道南地区には、駒ヶ岳や恵山などの活火山があり、夜景で有名な函館山もかつては火山でした。函館山はおよそ100万年前に噴火し、私の出身・函館中部高校の校歌にも、〽︎火柱のはためく峰も 年経りて緑の臥牛 と謳われています。「臥牛」とは函館山の別名で、街の方から函館山を眺めると「牛が寝そべっている」ように見えるため、そう呼ばれるとのこと。

函館山は気象庁の示す活火山に指定されていませんが、駒ヶ岳は活火山です。周辺には大沼や小沼(「沼」と呼ばれていても湖です…)など駒ヶ岳の噴火によって形成された湖があり、北海道でも有数の観光地になっています。駒ヶ岳はきれいな形をしている火山ですが、もともと駒ヶ岳は富士山などと同じ成層火山で、円錐のような形だったとか。1640年の大噴火で、上の部分が吹き飛び、現代のような形になったことがわかっています。

噴火はときに大災害を引き起こしますので、火山に近いところに住んでいるみなさんは、普段から備えておく必要がありそうです。

2021年5月17日月曜日

うがいでは、毎回うがい薬を使うべき?

 「新型コロナウイルスの感染を防ぐために、手洗い・手洗いを心がけています。毎回気になって、うがい薬を使っているのですが、うがい薬にどれほど効果があるのでしょうか?」という質問がありました。

厚生労働省の「新型コロナウイルス感染予防のために」には、うがいは含まれていません。昔から、外から帰ったらうがいをすることは風邪の予防になると言われてきましたが…

うがいの有効性についての研究はそれほど多く行われているわけではないようですが、2005年に日本人研究者によって、上気道感染症(いわゆる風邪)に対するうがいの効果についての学術論文が発表されました。この論文では、18歳から65歳の387人を次の3グループにわけ、60日間の健康状態を確認しました。

  1. 水で1日に3回、うがいする
  2. ポビドンヨード液(うがい薬)で1日に3回、うがいする
  3. ふだんどおりの生活をする(うがいについての指示をしない)
60日間に、130人が上気道感染症に罹りました。結果のみを示すと、もっとも罹りにくかったのは「水で1日に3回、うがいする」グループで、次が「うがい薬を使ったグループ」ということだったそうです。統計的に、水でうがいすることに効果があることが確認されたものです。ただし、なぜ水でうがいをすることが風邪を防ぐ効果があるのかは、よくわかっていません。

殺菌効果をもつうがい薬は、口の中の常在菌を殺してしまうため、一日に何度もうがい薬を使うべきではない、と私のかかりつけ医は考えているようです。水でのうがいで考えられる副作用はないようですので、気になるようであれば帰宅時にうがい薬を使い、それ以外は水でうがいする、という使い分けをするという考え方もありますね。

風邪を引いてしまっても、水によるうがいには症状を和らげる効果があると、先の論文には示されていました。

2020年9月13日日曜日

『ブロックで学ぶ素粒子の世界』

9月に白揚社から翻訳書『ブロックで学ぶ素粒子の世界』が発売されました。このサイトでも紹介しているとおり、目を引く美しい表紙で、大手の書店では表紙を示して販売されているようです。

この書籍の翻訳は、私のゼミでの学生たちの活動の成果でもあります。ゼミの活動では Nature Video の解説記事の制作などの文章制作を手がけており、その一環です。書籍を作るには原稿を書くだけでなく、原稿のファイルを順番にまとめたり、表現を統一したり、さらにゲラを確認して修正すべき点を確認し、その修正が適切に行われたかなど、行うべき作業は膨大です。必要に応じてこれらの作業を分担し、出版にこぎつけることができました。本書の最後に示されている「翻訳協力」のメンバーもぜひお目通しください。学生たちの名前が輝いています。

この書籍の内容の一部を、白揚社のホームページでご覧いただけます。全ページフルカラーで、とても美しい内容です。

素粒子物理学は高等学校までの物理学でそれほど詳細に扱われるわけではありません。一方で近年のニュースで加速器やヒッグス粒子など、素粒子の話題を見聞きすることもよくあります。「ものとはいったい何からできているのだろう」、「陽子や中性子はさらに分解できるのだろうか」などの疑問に答えるのが、素粒子物理学です。

そんなニュースを知って、素粒子物理学を学んでみようと思った人が入門書を手にすると、「まるで入門書ではない」ような数式がたくさん出てきて挫折してしまった、ということがあるかもしれません。この本はそのような数式は扱っていません。ものをつくり上げている基本的な粒子を「レゴブロック」に置き換えて、ものがブロックの積み上がる状態で表しています(ある意味、非常に挑戦的な表し方ではあります)。

ブロックには「ポッチ」(スタッドというそうです)があることで上下に組む(つまりものの構成要素になる)ことができますが、ブロックの中には上面が平坦で「ポッチ」のないものもあります。「ポッチ」のないブロックは、ものを構成することができません。このようにして、ものをつくり上げている粒子と、そうでない粒子をうまく表現しながら、素粒子の世界の説明が進められています。

この書籍で「難しいなぁ」と感じたところは読み飛ばしてかまいません。大事なことは後からなんども言い方を変えて登場します。「あぁ、そういうことだったのか」と読みとってもらえるはずです。そして、「イントロダクション」が実はもっとも難解なので、もしかすると第1章の「基本ブロックと組み立て方のルール」から読んでいただいた方がいいかもしれません。


「素粒子について考えたことのない」というみなさんに、いくつか興味を持たれるような話題を示してみます。

  1. みなさんが学校で習った原子核を振り返ってみましょう。原子核には正の電荷をもった陽子と、電荷をもたない中性子が「ぎっしり」詰まっています。よーく考えると、ちょっと不思議です。正電荷を帯びたものは、互いに反発し合うはずです。なぜ、ぎっしりと詰められているのでしょう。これは私たちがよく学んだニュートン力学で扱う「力」では説明できず、素粒子物理学で扱う「力」の一種によって説明できます。この力は、私たちが感じることはできない力なのです。そんな世界をのぞいてみたいと思いませんか?
  2. さらに、素粒子物理学は宇宙にも関係します。なぜなら、宇宙のはじまりは非常に小さなもので、そのような世界に存在したものは素粒子だからです。そこからどうしてこんな大きな宇宙になったのか、知りたくありませんか?

ぜひ、書店で手に取ってお買い求めください。


もちろん、このブログをお読みいただいているみなさまが、この書籍をお買い上げいただき、疑問な点をtwitterでお知らせくだされば、訳者の私がきっちりと回答いたします! ので、ご安心を。タグは「ブロックで学ぶ素粒子の世界」でしょうか。

2020年3月15日日曜日

消毒・除菌・滅菌…?

タイトルに掲げた3つの言葉は何が違うか、おわかりですか? どれも似たような言葉ですが、実はそれぞれ意味が違っています。

滅菌と消毒は微生物を殺すことに違いないのですが、

  • 滅菌…「病原性の有無にかかわらず、微生物をすべて殺すこと」で、たとえばみなさんがドラッグストアで購入する絆創膏などにパッケージに「滅菌済」という表示がありますが、これは内部に微生物がまったく存在しない状態ということです。滅菌するためには強力な殺菌効果のある薬品を使用したり、高圧の水蒸気(オートクレーブ)で処理したり、放射線の一種であるガンマ線を照射したりします。
  • 消毒…「病原性のある微生物を、感染力を失わせるか、数を少なくすること」で、食中毒を起こさないように、あるいは感染症を防ぐために、みなさんが日常的に行なっているものです。消毒の方法としては消毒用アルコールの塗布や煮沸消毒などがあります。
滅菌と消毒は、微生物を殺しますので「殺菌」という言葉にまとめられます。

一方で除菌は洗剤などに表示されているものがありますが、これは「対象物から生きた細菌の数をある程度減らすこと」をいい、細菌を除去しているだけで、滅菌のように微生物をすべて殺しているわけではありません。

これらの言葉は、法律などによって使用することができる対象が定められていて、たとえば家庭用食器洗剤に「殺菌作用がある」と表示することはできません。殺菌という言葉は医薬品と医薬部外品にのみ、使用が認められています。


似たような言葉がもっとありそうですが、それらの意味を調べてみると「こんな違いがあるのか!」と発見があるかもしれませんね。

※ 赤字を追加しました(22:20)

2020年3月14日土曜日

どうしてアルコールで消毒できるの?

今日の法政大学多摩キャンパスには、午後から雪が降りました。多少は雨が混じっていたようで、かなり大きな雪でしたが、この時期の雪には少々驚きました。夕方までには雨にかわり、雪はほとんど解けてしまったようですが、都心では桜の開花宣言があったとか。

法政大学多摩キャンパス(本日午後2時ころ)

さて、コロナウイルスの感染対策でアルコールによる消毒が推奨されていますが、どうしてアルコールで消毒できるのでしょうか? アルコールだったらなんでもいいのでしょうか? という質問をいただきました。

ドラッグストアなどで販売されている消毒用アルコールの多くは、エタノール(構造式:C2 H5 OH)の70パーセント溶液になっています。エタノールによる殺菌効果は70パーセントの濃度でもっともよく現れます。それ以上の濃度だと0℃以下で殺菌作用を示さなくなってしまいます。

エタノールが殺菌作用を示す理由は、詳細がまだ明らかでないところもありますが、

  • エタノールが細胞に作用して、細胞内のアミノ酸やリン酸、カリウムやマグネシウムなど必要な物質が流れ出し、栄養分を取り込むことができなくなり、菌が死滅する
  • 細胞膜とタンパク質が急激に変性することで、細胞が死滅する

の2種類が考えられています。

ウイルスは細菌とは違いますが、ウイルスの表面は「エンベロープ」という脂質の膜で覆われています。エタノールはこのエンベロープを壊します。エンベロープにはホストの細胞にくっつくための鍵がついているので、エンベロープを壊されたウイルスはホストに感染することができなくなります。

しかし、エタノールを使えばすべての細菌やウイルスを死滅させられるわけではありません。細菌の芽胞(ある種の細菌がつくり出す、外の環境から自身を守るバリア)には効果がないことや、エンベロープをもたないウイルス(ノロウイルスなど)にも効果はありません。

アルコールとは炭水化物の水素原子の一部がヒドロキシ基(-OH)に置き換わったものです。消毒を目的として、人体に対する毒性の低い、エチルアルコールや 2-プロパノール(別名:イソプロパノール)が利用されます。

メタノールは人体に対して毒性があるため、間違っても消毒目的のために使用してはいけません。

2020年3月9日月曜日

ニトリルゴムってなに?

食品製造の現場や、ちょっとした土いじり、掃除のときなどに使われる「ニトリル手袋」。食器洗いなどのとき、冬は空気が乾燥していることに加えて、洗剤と温かいお湯で手指の皮脂が取られてしまい、手が荒れやすくなります。こんなときに便利なニトリル手袋ですが、「ニトリル」ってなんだろうと思ったことはありますか? 実は数ヶ月前から気にはなっていたのですが、きちんと調べないまま、今日に至りました…

ニトリルはきっと、窒素(nitrogen)に関係しているのだろうなぁ、と思ってはいたのですが、化学の教科書を見て、そういえば学校で習ったなぁと当時を思い出しました。

ニトリルとは、窒素(N)と三重結合した炭素(C)に、炭化水素からできた側鎖(R)が結びついた化合物の総称です。構造式で示すと、こうなります。

N ≡ C − R

炭素には手が4本あると考えればよいでしょうか。そのうち3本が窒素と結びついている状態です。ニトリル手袋は一般に、「アクリロニトリル」と「1, 3- ブタジエン」という物質を結びつけてつくられる「ニトリルゴム」でつくられています。

薄手のゴム手袋といえば、天然ゴムでつくられた「ラテックス手袋」もありますが、こちらは天然ゴムに含まれている微量のタンパク質がアレルギー反応(ラテックスアレルギー)を起こすことがあります。ニトリルゴムは人工合成物なので、このようなタンパク質が入っていることはない(ただし、製造時の添加物によってアレルギー反応が起こることは否定できない)こともあり、広く使われています。

いろいろな化学物質には、規則に基づいて名前が付けられています。機会があれば、ほかの名前もご紹介できるかもしれません。教科書を開かないと自信をもって書けないのですが…



2020年3月6日金曜日

ウイルスの巧みな戦略

昨日はウイルスとホストの関係についての話ですが、ペンネーム・紺さんから
ウィルスがホストに感染したまま、両者が存在し続けることはありますか?
というご質問をいただきました。ウイルスはホストの存在で生きているわけですが、感染したまま、いわば共存の関係はありうるか、ということですね。


ウイルスは30億年前の地球にすでに存在していたと言われています。このような昔から、非常に巧みな生存戦略で生き延びてきた、とも言えるでしょうか。ウイルスが私たちに感染してもまったく症状が出ないことももちろんあります。


一般には、ホストのもつ免疫のはたらきによってウイルスは速やかに排除されていきますが、そうならないウイルスもあります。例えば、ヒトパピローマウイルスは180種類以上が存在することが知られており、これらの一部は子宮頸がんの原因となる種類があったり、イボの原因となったりする種類のあることがわっていますが、大部分のヒトパピローマウイルスは症状の出ないまま感染し、やがて時間をかけて身体から排除されていきます。


また、多くの人々が子どもの頃に罹る(あるいは予防接種を済ませる)水ぼうそうは水痘・帯状疱疹ウイルスによって引き起こされますが、このウイルスは免疫細胞がなかなか届かない神経細胞に隠れ、さらにウイルスが冬眠状態のようになることで、ホスト免疫反応からうまく逃れています。このウイルスはホストの抵抗力が落ちたとき、活発になって帯状疱疹と呼ばれる病気を引き起こします。抗ウイルス剤によって症状を抑えることができるようになりましたが、このウイルスを身体から排除することはできません。

インフルエンザウイルスは、カモなどの水鳥や渡り鳥がもともとのホストです。インフルエンザウイルスがこれらのホストに病気を起こさせることはほとんどなく、共存していることはみなさんにも知られているでしょう。このような例はほかにもあります。西アフリカで毎年のように流行するラッサ熱は、ラッサウイルスによる疾患ですが、このウイルスは自然界ではマストミス(ネズミのなかま)がホストとなっており、やはりマストミスに対しては病原性を示しません。

ウイルスが生き延びるために免疫反応から逃れる方法をもち、一方で人間は多様な種類の免疫のしくみをもっています。ウイルスの突然変異のスピードが速い以上、人間と感染症の戦いは、いつまでも終わることがないのです。

※ 「宿主」を「ホスト」に書き換えました。


2020年3月5日木曜日

ウイルスとホスト

このところのウイルス報道で、多くの方々がウイルスそのものや、感染症に関心を寄せているようです。こんな質問をいただきました。
ウイルスが自ら殖えられないことはわかりました。では、取り付いていた生物が死んでしまったら、ウイルスはどうなるのでしょうか?
この疑問は現在も研究されているようです。どんなことが考えられているのでしょうか。

ご指摘のとおり、ウイルスは自分では殖えられませんので、ほかの生物に感染しなければなりません。このとき感染された生物を「ホスト(宿主)」と呼びます。ホストが死んでしまうと、ウイルスも死んでしまいます。これは確かにウイルスにとっては不合理です。ウイルスにとっては、ホストが感染していることに気づかれないまま、ほかの生物へと次々に感染していくということが望ましいはず。それなのになぜ、ウイルスによる感染症で宿主が死んでしまうことがあるのでしょうか。

これには、ウイルスを中心に見たときのいくつかの仮説が示されています。一つは、
  • ウイルスが、それまで感染していたホストから新しいホスト(別の生物種)に換わったばかりで、ウイルスがまだ十分に新しいホストに適応できていない
という仮説があります。とても大雑把に言うと、ウイルスが新しい種類のホストに感染して時間的に早い段階では、まだ勝手がわからずに強い毒性を発揮して、意図せずホストを殺してしまったのではないか、というものです(もちろん、ウイルスに「思考」はありませんが)。もう一つを紹介すると、
  • 同じホストに複数のウイルスが感染して増殖の競争が起きてしまった場合、毒性が強くなってしまった
という仮説もあります。

さらに、ウイルスに感染されたホストに着目した研究があり、日本人の研究者(小林一三)らが2012年に学術誌 Scientific Reports に発表したものです。これは
  • 感染されたホストがウイルスもろとも死ぬことによって、仲間への感染の拡大を防いでいる
という仮説です。この研究では、ホストとして大腸菌を使い、「ウイルスに感染されると、増殖を許す大腸菌」と「ウイルスに感染されると、すぐに自殺する大腸菌」をいろいろな比率で混ぜてウイルスに感染させ、一定時間の経過後にどちらの大腸菌の集団が多く存在するかが調べられました。

その結果、ある条件下で「ウイルスに感染されると、すぐに自殺する大腸菌」が非常に多くなる、つまり大腸菌という種を存続させるために相対的に有利であることが示されました。さらに、このような結果は数値シミュレーションによっても再現されることも示されました(ご関心のある方は、文末の【参考】をご覧ください)。この研究は、ウイルスの視点ではなく、ホストの視点から考察されたものであり、感染によって死亡してしまうことが種としての存続に有利であることを示しています。

ウイルスの生存とホストの生存は、非常に複雑な関係を構築しているようです。もちろん、私たち人間が感染症によって命を落とすことがないように、さまざまな治療方法が開発され、病原体の研究が進められているのはご承知のとおりです。

現在もなお、この種の研究は続いていますが、このようなことが考えられているといるという例をご紹介しました。

【参考】「なぜ感染で死ぬのか?『利他的死による感染防御』の検証」(東京大学大学院新領域創成科学研究科)



2020年3月4日水曜日

くしゃみの不思議

東京はずいぶん気温の低い一日ですが、みなさんのお住まいのところはいかがでしょうか。さて、こんな質問をいただきました。

くしゃみをする時、鼻がムズムズして「ハックション」とくしゃみが出ます。「鼻」が「ムズムズ」するのに、空気は全部口から出てしまいます。この「鼻のムズムズ」は一体何なのでしょうか?

では、くしゃみが起こる原因を調べてみましょう。鼻粘膜にウイルスが付着して感染してしまった場合、身体の防御反応として炎症が起こります。このとき、肥満細胞と呼ばれる免疫機能を担う細胞から、ヒスタミンという物質が放出されます。このヒスタミンが鼻粘膜の血管を広げて、鼻づまりなどを引き起こします。また、このヒスタミンは鼻粘膜の知覚神経(三叉神経)を刺激します。この刺激は延髄の「くしゃみ中枢」に伝わり、最終的にくしゃみ中枢が、呼吸に関係する筋肉や喉の筋肉、顔の筋肉に信号を送ってくしゃみを起こさせる、ということになります。

ご質問の鼻のムズムズは、鼻粘膜がヒスタミンによって刺激を受けている状態、ということになるでしょうか。花粉症などの内服薬や点鼻薬などに、抗ヒスタミン剤が配合されているものがあります。この薬は、神経細胞とヒスタミンが結びつく場所(これを受容体といいます)をブロックして、ヒスタミンによる刺激を受けないようにしているわけです。

くしゃみは確かに口から出る空気が多いように感じますが、鼻からも空気は出ているはずです。そうでなければ、くしゃみの本来の意義が達成されませんね。気道から出てきた空気の通り道の体積が、鼻を通るよりは口を通る方が大きいので、口から出る空気が多いということでしょうか。あまりきれいな話ではありませんが、軽い鼻づまりのときなどは、くしゃみをすると鼻水が一気に出てきてしまう経験があると思います。鼻からも空気が出て、鼻水など粘性のあるものを押し出していることになりますね。

くしゃみのしくみ、納得していただけたでしょうか。

2020年3月3日火曜日

ところで、ウイルスってなにもの?

新型コロナウイルスが蔓延するのではないかと心配されている今日この頃。ニュースなどではいろいろな側面から取り上げられていますが、「ウイルスとはどういったものなのかがあまり知られていないのではないでしょうか。ウイルスとはなんなのでしょう」という質問をペンネーム・チャメさんからいただきました。

コロナウイルスという名前は知られていても、ウイルスとはそもそもなんなのか、ということについては、あまり知られていないかもしれません。今回はウイルスと感染症について基本的なことを理解しましょう。

鼻炎や咽頭炎などのような、いわゆる風邪を引き起こす原因はウイルスです。また、抗生物質は細菌には有効でも、ウイルスには効果がありません。風邪で病院にかかっても抗生物質が処方されないのはこのためです(もちろん、細菌による感染症と診断された場合には抗生物質が処方されます)。


ウイルスはタンパク質からできている殻と、その内側に遺伝物質である核酸をもつという、非常に簡単な構造からなっています。ウイルスは多くの生物とは違い、自分で殖えることができません。ウイルスが殖えるためには、ほかの生物の細胞を利用します。生物の特徴である「核酸をもっている」という一方で、「自分で殖えることができない」という非生物的な面を合わせ持っているのです。また、ウイルス自身でエネルギーをつくることもできないため、やはりほかの生物の細胞を利用します。

細胞はほかのものが内部に入ってこられないようにしっかりと守られていて、細胞表面の「鍵穴」にはまる「鍵」をもっているものでなければ侵入を許さないしくみになっています。細胞のもつ鍵穴は、身体の組織ごとにそれぞれ違っています。ところが、ウイルスの表面にはこの「鍵」のはたらきをする突起が付いていて、この鍵で開けられる鍵穴をもった部分にとりついて、細胞の内部に侵入してしまいます。喉が痛い風邪にかかった場合はウイルスが喉の表面の細胞にとりついたことになりますし、お腹の不調をともなう風邪にかかった場合はウイルスが消化管の細胞にとりついたということです。

ウイルスがこのようにして細胞に侵入し、自らを増殖させる状態になることを「感染」といいます。とても簡単に言うなら、細胞がウイルスに乗っ取られた状態です。

私たち生物は、細胞をウイルスに乗っ取られたままでは困ります。そのため、さまざまなしくみが備わっています。私たちがウイルスに感染したことを脳が感知すると、体温を上げるように指令を出します。筋肉が震えて熱を出したり、汗の量を減らして熱が逃げないようにしたりするわけです。つまり、風邪を引いて熱が上がるとウイルスが増殖しにくくなると同時に、私たちの免疫細胞がより活発にはたらくためです。

あるいは、腸にウイルスが感染したりすると下痢になります。これは単純に言うと、腸管内のウイルスを身体から早く排出しようとして下痢を起こしてしまうわけです。鼻水や咳も、このようにウイルスを身体から出してしまおうとするためのしくみです。このように、私たちのウイルスという外敵に立ち向かうためのしくみが、逆に私たちに「つらい症状」を引き起こしているわけです。

「風邪を引いてだるい」というのは、それは「休養してほしい」という身体からのメッセージ。風邪で発熱した場合の37度ほどは、人間がもっともだるく感じる体温だとも言われます。可能な限りは休養と栄養、それに水分を十分にとって、免疫細胞がウイルスに戦っている状態を応援してください。

数日しても快復しないのであれば、身体の免疫反応が、ウイルスの増殖に打ち勝てない状態になっているかもしれません。そのときは病院を受診することが必要です。医師に症状と経過を正しく伝え、あなたの状態にあった処置を受けましょう。あらかじめこれらのことを書いたメモを作っておけば、医療関係者にスムーズに伝えられますね。


今、問題になっている新型コロナウイルスの日常的な対策は、私たちが日頃、感染症にかからないための予防策と同じ。きちんと手を洗い、栄養と睡眠をしっかりとることが重要な予防方法です。