2020年9月13日日曜日

『ブロックで学ぶ素粒子の世界』

9月に白揚社から翻訳書『ブロックで学ぶ素粒子の世界』が発売されました。このサイトでも紹介しているとおり、目を引く美しい表紙で、大手の書店では表紙を示して販売されているようです。

この書籍の翻訳は、私のゼミでの学生たちの活動の成果でもあります。ゼミの活動では Nature Video の解説記事の制作などの文章制作を手がけており、その一環です。書籍を作るには原稿を書くだけでなく、原稿のファイルを順番にまとめたり、表現を統一したり、さらにゲラを確認して修正すべき点を確認し、その修正が適切に行われたかなど、行うべき作業は膨大です。必要に応じてこれらの作業を分担し、出版にこぎつけることができました。本書の最後に示されている「翻訳協力」のメンバーもぜひお目通しください。学生たちの名前が輝いています。

この書籍の内容の一部を、白揚社のホームページでご覧いただけます。全ページフルカラーで、とても美しい内容です。

素粒子物理学は高等学校までの物理学でそれほど詳細に扱われるわけではありません。一方で近年のニュースで加速器やヒッグス粒子など、素粒子の話題を見聞きすることもよくあります。「ものとはいったい何からできているのだろう」、「陽子や中性子はさらに分解できるのだろうか」などの疑問に答えるのが、素粒子物理学です。

そんなニュースを知って、素粒子物理学を学んでみようと思った人が入門書を手にすると、「まるで入門書ではない」ような数式がたくさん出てきて挫折してしまった、ということがあるかもしれません。この本はそのような数式は扱っていません。ものをつくり上げている基本的な粒子を「レゴブロック」に置き換えて、ものがブロックの積み上がる状態で表しています(ある意味、非常に挑戦的な表し方ではあります)。

ブロックには「ポッチ」(スタッドというそうです)があることで上下に組む(つまりものの構成要素になる)ことができますが、ブロックの中には上面が平坦で「ポッチ」のないものもあります。「ポッチ」のないブロックは、ものを構成することができません。このようにして、ものをつくり上げている粒子と、そうでない粒子をうまく表現しながら、素粒子の世界の説明が進められています。

この書籍で「難しいなぁ」と感じたところは読み飛ばしてかまいません。大事なことは後からなんども言い方を変えて登場します。「あぁ、そういうことだったのか」と読みとってもらえるはずです。そして、「イントロダクション」が実はもっとも難解なので、もしかすると第1章の「基本ブロックと組み立て方のルール」から読んでいただいた方がいいかもしれません。


「素粒子について考えたことのない」というみなさんに、いくつか興味を持たれるような話題を示してみます。

  1. みなさんが学校で習った原子核を振り返ってみましょう。原子核には正の電荷をもった陽子と、電荷をもたない中性子が「ぎっしり」詰まっています。よーく考えると、ちょっと不思議です。正電荷を帯びたものは、互いに反発し合うはずです。なぜ、ぎっしりと詰められているのでしょう。これは私たちがよく学んだニュートン力学で扱う「力」では説明できず、素粒子物理学で扱う「力」の一種によって説明できます。この力は、私たちが感じることはできない力なのです。そんな世界をのぞいてみたいと思いませんか?
  2. さらに、素粒子物理学は宇宙にも関係します。なぜなら、宇宙のはじまりは非常に小さなもので、そのような世界に存在したものは素粒子だからです。そこからどうしてこんな大きな宇宙になったのか、知りたくありませんか?

ぜひ、書店で手に取ってお買い求めください。


もちろん、このブログをお読みいただいているみなさまが、この書籍をお買い上げいただき、疑問な点をtwitterでお知らせくだされば、訳者の私がきっちりと回答いたします! ので、ご安心を。タグは「ブロックで学ぶ素粒子の世界」でしょうか。

2020年3月15日日曜日

消毒・除菌・滅菌…?

タイトルに掲げた3つの言葉は何が違うか、おわかりですか? どれも似たような言葉ですが、実はそれぞれ意味が違っています。

滅菌と消毒は微生物を殺すことに違いないのですが、

  • 滅菌…「病原性の有無にかかわらず、微生物をすべて殺すこと」で、たとえばみなさんがドラッグストアで購入する絆創膏などにパッケージに「滅菌済」という表示がありますが、これは内部に微生物がまったく存在しない状態ということです。滅菌するためには強力な殺菌効果のある薬品を使用したり、高圧の水蒸気(オートクレーブ)で処理したり、放射線の一種であるガンマ線を照射したりします。
  • 消毒…「病原性のある微生物を、感染力を失わせるか、数を少なくすること」で、食中毒を起こさないように、あるいは感染症を防ぐために、みなさんが日常的に行なっているものです。消毒の方法としては消毒用アルコールの塗布や煮沸消毒などがあります。
滅菌と消毒は、微生物を殺しますので「殺菌」という言葉にまとめられます。

一方で除菌は洗剤などに表示されているものがありますが、これは「対象物から生きた細菌の数をある程度減らすこと」をいい、細菌を除去しているだけで、滅菌のように微生物をすべて殺しているわけではありません。

これらの言葉は、法律などによって使用することができる対象が定められていて、たとえば家庭用食器洗剤に「殺菌作用がある」と表示することはできません。殺菌という言葉は医薬品と医薬部外品にのみ、使用が認められています。


似たような言葉がもっとありそうですが、それらの意味を調べてみると「こんな違いがあるのか!」と発見があるかもしれませんね。

※ 赤字を追加しました(22:20)

2020年3月14日土曜日

どうしてアルコールで消毒できるの?

今日の法政大学多摩キャンパスには、午後から雪が降りました。多少は雨が混じっていたようで、かなり大きな雪でしたが、この時期の雪には少々驚きました。夕方までには雨にかわり、雪はほとんど解けてしまったようですが、都心では桜の開花宣言があったとか。

法政大学多摩キャンパス(本日午後2時ころ)

さて、コロナウイルスの感染対策でアルコールによる消毒が推奨されていますが、どうしてアルコールで消毒できるのでしょうか? アルコールだったらなんでもいいのでしょうか? という質問をいただきました。

ドラッグストアなどで販売されている消毒用アルコールの多くは、エタノール(構造式:C2 H5 OH)の70パーセント溶液になっています。エタノールによる殺菌効果は70パーセントの濃度でもっともよく現れます。それ以上の濃度だと0℃以下で殺菌作用を示さなくなってしまいます。

エタノールが殺菌作用を示す理由は、詳細がまだ明らかでないところもありますが、

  • エタノールが細胞に作用して、細胞内のアミノ酸やリン酸、カリウムやマグネシウムなど必要な物質が流れ出し、栄養分を取り込むことができなくなり、菌が死滅する
  • 細胞膜とタンパク質が急激に変性することで、細胞が死滅する

の2種類が考えられています。

ウイルスは細菌とは違いますが、ウイルスの表面は「エンベロープ」という脂質の膜で覆われています。エタノールはこのエンベロープを壊します。エンベロープにはホストの細胞にくっつくための鍵がついているので、エンベロープを壊されたウイルスはホストに感染することができなくなります。

しかし、エタノールを使えばすべての細菌やウイルスを死滅させられるわけではありません。細菌の芽胞(ある種の細菌がつくり出す、外の環境から自身を守るバリア)には効果がないことや、エンベロープをもたないウイルス(ノロウイルスなど)にも効果はありません。

アルコールとは炭水化物の水素原子の一部がヒドロキシ基(-OH)に置き換わったものです。消毒を目的として、人体に対する毒性の低い、エチルアルコールや 2-プロパノール(別名:イソプロパノール)が利用されます。

メタノールは人体に対して毒性があるため、間違っても消毒目的のために使用してはいけません。

2020年3月11日水曜日

エボラウイルスと人間社会との戦い

今月の Nature ダイジェストの Nature Video 活用事例には、「エボラウイルスと人類社会との戦い」というタイトルの記事が公開されています。ぜひ、上記の記事もお読みください。

エボラウイルスはエボラ出血熱という感染症を引き起こすウイルスです。コロナウイルスのように世界中に広がっているわけではありませんが、アフリカ中央部や西部の国々で発生し、2014年に大流行が発生したほか、2018年からの大流行が現在も引き続いており、世界保健機関(WHO)はコンゴ民主共和国の流行地域を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」に指定しています(2020年3月11日現在)。

今回の記事は、私たちの社会で感染症の流行を抑え込むことがいかに難しいか、ということが記されています。そのことが記事のタイトルに「人間社会」とした意味です。世界のそれぞれの地域で、さまざまな感染症が発生します。ある状況では感染症は克服されますが、うまく制圧できない場合もあります。その原因はさまざまで、地域の風習や文化が感染を助長させる原因になることもありますし、あるいは住民の感染症予防への理解の度合いも、成果を左右する要因です。政情が不安定であれば、地域へのルールの徹底が難しくなるとともに、住民にストレスが加わり健康状態も悪化します。このように、感染症の制圧がうまくいくかどうかはさまざまな要因が複雑に絡み合っているのです。

また、支援の手を差し伸べることができるか、さまざまな情報をスムーズに交換できるかなど、周辺各国やその他の国々との関わりも重要です。

国境を越えて自由に人々が行き来する時代では、ある国の感染症が決して対岸の火事ではなく、やがて自分の国の問題になりうるという意識をもって対処しなければならないことは、感染症が発生するたびに教訓となってきたはずなのですが…


2020年3月9日月曜日

ニトリルゴムってなに?

食品製造の現場や、ちょっとした土いじり、掃除のときなどに使われる「ニトリル手袋」。食器洗いなどのとき、冬は空気が乾燥していることに加えて、洗剤と温かいお湯で手指の皮脂が取られてしまい、手が荒れやすくなります。こんなときに便利なニトリル手袋ですが、「ニトリル」ってなんだろうと思ったことはありますか? 実は数ヶ月前から気にはなっていたのですが、きちんと調べないまま、今日に至りました…

ニトリルはきっと、窒素(nitrogen)に関係しているのだろうなぁ、と思ってはいたのですが、化学の教科書を見て、そういえば学校で習ったなぁと当時を思い出しました。

ニトリルとは、窒素(N)と三重結合した炭素(C)に、炭化水素からできた側鎖(R)が結びついた化合物の総称です。構造式で示すと、こうなります。

N ≡ C − R

炭素には手が4本あると考えればよいでしょうか。そのうち3本が窒素と結びついている状態です。ニトリル手袋は一般に、「アクリロニトリル」と「1, 3- ブタジエン」という物質を結びつけてつくられる「ニトリルゴム」でつくられています。

薄手のゴム手袋といえば、天然ゴムでつくられた「ラテックス手袋」もありますが、こちらは天然ゴムに含まれている微量のタンパク質がアレルギー反応(ラテックスアレルギー)を起こすことがあります。ニトリルゴムは人工合成物なので、このようなタンパク質が入っていることはない(ただし、製造時の添加物によってアレルギー反応が起こることは否定できない)こともあり、広く使われています。

いろいろな化学物質には、規則に基づいて名前が付けられています。機会があれば、ほかの名前もご紹介できるかもしれません。教科書を開かないと自信をもって書けないのですが…