2020年3月5日木曜日

ウイルスとホスト

このところのウイルス報道で、多くの方々がウイルスそのものや、感染症に関心を寄せているようです。こんな質問をいただきました。
ウイルスが自ら殖えられないことはわかりました。では、取り付いていた生物が死んでしまったら、ウイルスはどうなるのでしょうか?
この疑問は現在も研究されているようです。どんなことが考えられているのでしょうか。

ご指摘のとおり、ウイルスは自分では殖えられませんので、ほかの生物に感染しなければなりません。このとき感染された生物を「ホスト(宿主)」と呼びます。ホストが死んでしまうと、ウイルスも死んでしまいます。これは確かにウイルスにとっては不合理です。ウイルスにとっては、ホストが感染していることに気づかれないまま、ほかの生物へと次々に感染していくということが望ましいはず。それなのになぜ、ウイルスによる感染症で宿主が死んでしまうことがあるのでしょうか。

これには、ウイルスを中心に見たときのいくつかの仮説が示されています。一つは、
  • ウイルスが、それまで感染していたホストから新しいホスト(別の生物種)に換わったばかりで、ウイルスがまだ十分に新しいホストに適応できていない
という仮説があります。とても大雑把に言うと、ウイルスが新しい種類のホストに感染して時間的に早い段階では、まだ勝手がわからずに強い毒性を発揮して、意図せずホストを殺してしまったのではないか、というものです(もちろん、ウイルスに「思考」はありませんが)。もう一つを紹介すると、
  • 同じホストに複数のウイルスが感染して増殖の競争が起きてしまった場合、毒性が強くなってしまった
という仮説もあります。

さらに、ウイルスに感染されたホストに着目した研究があり、日本人の研究者(小林一三)らが2012年に学術誌 Scientific Reports に発表したものです。これは
  • 感染されたホストがウイルスもろとも死ぬことによって、仲間への感染の拡大を防いでいる
という仮説です。この研究では、ホストとして大腸菌を使い、「ウイルスに感染されると、増殖を許す大腸菌」と「ウイルスに感染されると、すぐに自殺する大腸菌」をいろいろな比率で混ぜてウイルスに感染させ、一定時間の経過後にどちらの大腸菌の集団が多く存在するかが調べられました。

その結果、ある条件下で「ウイルスに感染されると、すぐに自殺する大腸菌」が非常に多くなる、つまり大腸菌という種を存続させるために相対的に有利であることが示されました。さらに、このような結果は数値シミュレーションによっても再現されることも示されました(ご関心のある方は、文末の【参考】をご覧ください)。この研究は、ウイルスの視点ではなく、ホストの視点から考察されたものであり、感染によって死亡してしまうことが種としての存続に有利であることを示しています。

ウイルスの生存とホストの生存は、非常に複雑な関係を構築しているようです。もちろん、私たち人間が感染症によって命を落とすことがないように、さまざまな治療方法が開発され、病原体の研究が進められているのはご承知のとおりです。

現在もなお、この種の研究は続いていますが、このようなことが考えられているといるという例をご紹介しました。

【参考】「なぜ感染で死ぬのか?『利他的死による感染防御』の検証」(東京大学大学院新領域創成科学研究科)



1 件のコメント:

  1. ホストに気づかれないまま他の生物に感染していくことが望ましいとの事ですが、ウィルスがホストに感染したまま、両者が存在し続けることはありますか?

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