2024年11月3日日曜日

紫金山・アトラス彗星

 2024年 10月後半から、夕方の西の空に見えるようになった「紫金山・アトラス彗星(C/2023 A3)」ですが、10月 20日(日)に望遠鏡で確認してからは天気に恵まれず、観測できませんでした。

11月 3日(日)は久々に東京地方も晴れ渡り、望遠鏡を持ち出して観測しました。先月の夜よりは気温も下がり、しっかりと着込まなければいけません。

双眼鏡を使って探してみましたが、残念ながら私にはわかりませんでした…   でも、望遠鏡では確認できました(というより、探してくれた?)!

紫金山・アトラス彗星(Seestar S50 で撮影)

先月よりも暗くはなっていますが、まだ尾が伸びている様子を確認できます。3日は日没後、月が出ていなかったので、より観測しやすかったのかもしれません。この彗星は双曲線軌道を描くと計算されているので、この後は太陽系から飛び出していくことになりそうです。

11月上旬の朝方の東の空に観測される(かも)と予想されていた、「アトラス彗星(C/2024 S1)」は、太陽に接近している最中に、コマの部分が崩壊してしまった可能性が高いようです。ただ、コマが崩壊しても尾の部分だけが残って輝く場合もあるとか。ニュースで話題になるかもしれません。

2024年9月1日日曜日

プールのにおいのもとは?

 9月 1日(日)のNHKラジオ第1「子ども科学電話相談」は、台風関係のニュースや関東地方での地震についてのニュース速報で何度か中断されましたが、小さなお友だちのいろいろな質問が取り上げられました。

その中で、私が答えた質問の一つに、「プールに入っているお薬って、なに?」というものがありました。プールには消毒のために次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)が溶かされています。この化学物質は水中で次亜塩素酸(HClO)になり、強力な酸化作用をもちます。この酸化作用によって、細菌やウイルスをやっつけることができるのです。

ところが、次亜塩素酸が細菌やウイルスにはたらくと、酸化作用を失ってしまいます。そのため、プールには常に新しく次亜塩素酸ナトリウムが投入されます(もちろん、薬剤の適切な濃度が定められていますので、際限なく投入されるわけではありません)。

次亜塩素酸が減少してしまう理由はほかにもあり、水中にアンモニアが存在すると結びついてしまいます。これはクロラミンと呼ばれる物質になります。このクロラミンは、特有のにおいをもっていて、プールに特有なにおいになります。

さて、番組でははっきりとはお話ししなかったのですが、水中に存在するアンモニアはどこからやってくるのでしょう? 人間がプールに入れば、もちろん汗が出ます。プールに入る前に、しっかりと汗を流しきれなかったのかもしれません。この汗には微量ながらアンモニアが含まれています。

さらに、人間の尿には尿素という物質が含まれ、尿素はアンモニアと構造が似た物質です。「え〜!」と悲鳴が聞こえそうですが、プールの中で意図的でも意図的でなくても、尿がでてしまうことはあるようです。プールの塩素消毒と人間の尿との作用について述べた論文があります1。次亜塩素酸と尿素が結びついても、クロラミンが生成されます。ここでの尿素は、人間の尿を起源とするものと考えられており、プールの利用者の衛生週間の改善が不可欠である、と述べています。

プールを利用する前は、事前にトイレに行き、シャワーでしっかり汗などを流してから、楽しく泳ぎましょう。


1. Lushi Lian, Yue E, Jing Li & Ernest R Blatchley 3rd. Volatile disinfection byproducts resulting from chlorination of uric acid: implications for swimming pools. Environ Sci Technol. 18;48(6):3210-7 (2014).

2023年11月13日月曜日

「きりばこ」?

 11月12日(日)のNHKラジオ「子ども科学電話相談」で、素粒子に関係する質問の中で、電話の向こうのおともだちから「きりばこ」の話題が出ました。番組では「きりばこ」について詳しく説明しませんでしたが、私の周辺の大きなおともだちから、「『きりばこ』って、なに? 「桐の箱」かと想像してしまった…」と話題になりました。

スタジオで回答していたときにはまったく気がつきませんでしたが、「きりばこ」という音を漢字に変換すると、多くの人が「桐箱」を連想しますね。

話題にされていたのは「霧箱」です。放射線の存在を目で見ることができるように工夫された実験装置です。箱の中で気体のアルコールが過飽和状態になっています。過飽和状態というのは、いまにも液体に変わってしまう状態になった気体だと考えましょう。ちょっとした刺激を受けると、気体はすぐに集まって小さな液体の粒になってしまいます。

放射線には「電離作用」があります。物質を電気を帯びたイオンの状態にしてしまうのです。そのため、霧箱の中を放射線が通過すると、通り道にそって発生したイオンが刺激となって小さな液体の粒になります。この液体の粒がたくさん集まって「白い線」になって見えるのです。

科学館などで見ることができますが、石川県が提供している霧箱の動画がありますので、ご覧ください。


私たちは常に放射線を浴びています。これらの放射線は、宇宙空間からやってきたもの(これを宇宙線といいます)だったり、地下からやってきます。私たちが食べているいろいろなものからも放射線は放出されています。これらのものを「自然放射線」と呼びます。

科学館などに設置されている霧箱は、そのような自然放射線を目に見える形にしているのです。

2023年9月10日日曜日

有機物と無機物

 9月10日(日)のNHKラジオ「子ども科学電話相談」では、なかなか難しい質問が飛び出しました。小学2年生のおともだちが、「有機物と無機物について考えていたら、化石が有機物なのか無機物なのか疑問に感じた」と質問したのでした。

小学2年生で無機物・有機物が気になるところなど、将来が有望なおともだちです。

無機物と有機物は「炭素があるかないか」だと考えている人も多いかもしれませんが、じつはそうではありません。無機物・有機物と生き物とは関係ありますが、生きているから有機物、生きていないから無機物というわけでもありません。

19世紀の中頃、「地球にもともとあるものと、実験室でつくることができるものを無機物、生物によってつくられるものを有機物」とグループ分けをしようとの提案がなされました。ところが、科学の発展により、これではまずい状況が生まれてしまいました。尿素(CO(NH2)2)を実験室で合成することができるようになったのです。その後、当時「生物にしかつくり出せないもの」と考えられていた物質が次々と実験室で合成されるようになり、無機物・有機物の定義を変えなければならなくなりました。

有機物は「物質の基本骨格に炭素をもつもの」、そして無機物は「有機物でないもの」というようになりました。炭素を含んでいても「基本骨格に炭素をもっていない」からと説明できます。たとえば、メタン(CH4)や二酸化炭素(CO2)は炭素を含みますが、有機物とはしません。ただ、現代では「有機物と無機物の明確な区別はない」とも言われているようです。

さて、化石は無機物・有機物のどちらでしょうか。化石とは「人類が出現する前の時代の、生物の遺骸や痕跡」を化石と言います。生物が生きている間、もちろんそのからだは有機物でできていますが、自然界で死んでしまうと微生物によってどんどん分解されていきます。このとき、とても珍しいことではありますが、条件が揃えば化石になって地層の中に保存されます。

化石は堆積岩中で発見されますが、生物の遺骸が湖や海の底に沈み、圧力を受けながら時間が経過して化石ができる(これらのほとんどは分解されてしまうので私たちの目には触れない)、というわけです。骨の中の成分が周りの土などの鉱物と置き換わっていくことで硬くなり、やがて化石になるのです。このときは炭素を含んだ成分は鉱物に置き換わっているので、無機物といえるでしょう。

しかし、とくに条件がよければ、古代生物の骨の化石に、爪の成分の「ケラチン」や皮膚をつくる「コラーゲン」がそのまま残されていることがあります。このようなものを研究して、古代生物の皮膚の様子などが明らかになっています。繰り返しになりますが、このようなタンパク質が残っているのは非常に稀なケースです。

2023年1月29日日曜日

みかんでプラスチックが溶ける!?

 本日放送されたNHKラジオ「子ども科学電話相談」で、

みかんを触った手でパソコンを操作してはいけない、とお母さんに言われました。プラスチックが溶けてしまうからと言われたのですが、手は溶けないのですか?

という質問がありました。みかんに含まれるなにが、プラスチックを溶かすのでしょうか。

みかんをはじめとする柑橘類の皮には、「リモネン」という物質が含まれています。リモネンには柑橘類に特有の香りをもった物質です。このリモネンが、プラスチックを溶かします。しかし、すべてのプラスチックを溶かすわけではありません。一言にプラスチックと呼ばれるものにも、いろいろな種類があります。ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリスチレンなどです。プラスチック製品には、「樹脂識別コード」と呼ばれるマークがついている場合があります。リサイクルのために付けられたマークですが、三角形に配置された矢印の中に、数字が示されたものです。もし、PETボトルが身近にあれば、ぜひ見てみましょう。三角形の矢印の中に「1」と示されているはずです。ポリエチレンテレフタレート(PET)の樹脂識別コードが「1」なのです。

リモネンで溶けるプラスチックは、樹脂識別コードで6番になっている「ポリスチレン」です。非常に幅広く使われている素材で、文房具や雑貨にも使われます。緩衝材や保冷ボックスなどに使われる「発泡スチロール」は、ポリスチレンに空気を大量に含ませて成型したものです。

私たちの体はポリスチレンでつくられていないので、みかんを触っても手が溶けることはありません。また、ジュースをつくるためのジューサーなどにプラスチックが使われていることがありますが、これらが溶けてしまわないのは、ポリスチレン以外のプラスチック製品が使われているからです。

さて、どうしてリモネンはポリスチレンを溶かすのでしょう。ここからが、番組で触れなかった内容です。

プラスチックにはいろいろな種類があると説明した中で、「ポリ◯◯」という物質を示しましたが、「ポリ」とはたくさんつながった、という意味です。ポリスチレンとは、スチレンがたくさん繋がっている状態になった物質なのです。

リモネンは、スチレンととても似た構造をしています。有機化学を学んだ人であれば、ベンゼン環をイメージできるでしょうか。スチレンもリモネンも、ともにベンゼン環をもつ化合物で、構造式がよく似ているのです。

ポリエチレンにリモネンが触れると、ポリスチレンとなってたくさん繋がっているスチレンが、リモネンに置き換わってしまいます。すると、せっかく繋がっていたエチレンの鎖がぷっつりと切れてしまうのです。これが、ポリスチレンが「溶けた」状態です。

身の回りにポリスチレンと柑橘類があったら、どんなふうに溶けるのか、確かめてみてください。ポリスチレンに柑橘類の皮を擦り付けたら、どんな感じになるでしょう? ぜひ、お試しください。