2020年3月6日金曜日

ウイルスの巧みな戦略

昨日はウイルスとホストの関係についての話ですが、ペンネーム・紺さんから
ウィルスがホストに感染したまま、両者が存在し続けることはありますか?
というご質問をいただきました。ウイルスはホストの存在で生きているわけですが、感染したまま、いわば共存の関係はありうるか、ということですね。


ウイルスは30億年前の地球にすでに存在していたと言われています。このような昔から、非常に巧みな生存戦略で生き延びてきた、とも言えるでしょうか。ウイルスが私たちに感染してもまったく症状が出ないことももちろんあります。


一般には、ホストのもつ免疫のはたらきによってウイルスは速やかに排除されていきますが、そうならないウイルスもあります。例えば、ヒトパピローマウイルスは180種類以上が存在することが知られており、これらの一部は子宮頸がんの原因となる種類があったり、イボの原因となったりする種類のあることがわっていますが、大部分のヒトパピローマウイルスは症状の出ないまま感染し、やがて時間をかけて身体から排除されていきます。


また、多くの人々が子どもの頃に罹る(あるいは予防接種を済ませる)水ぼうそうは水痘・帯状疱疹ウイルスによって引き起こされますが、このウイルスは免疫細胞がなかなか届かない神経細胞に隠れ、さらにウイルスが冬眠状態のようになることで、ホスト免疫反応からうまく逃れています。このウイルスはホストの抵抗力が落ちたとき、活発になって帯状疱疹と呼ばれる病気を引き起こします。抗ウイルス剤によって症状を抑えることができるようになりましたが、このウイルスを身体から排除することはできません。

インフルエンザウイルスは、カモなどの水鳥や渡り鳥がもともとのホストです。インフルエンザウイルスがこれらのホストに病気を起こさせることはほとんどなく、共存していることはみなさんにも知られているでしょう。このような例はほかにもあります。西アフリカで毎年のように流行するラッサ熱は、ラッサウイルスによる疾患ですが、このウイルスは自然界ではマストミス(ネズミのなかま)がホストとなっており、やはりマストミスに対しては病原性を示しません。

ウイルスが生き延びるために免疫反応から逃れる方法をもち、一方で人間は多様な種類の免疫のしくみをもっています。ウイルスの突然変異のスピードが速い以上、人間と感染症の戦いは、いつまでも終わることがないのです。

※ 「宿主」を「ホスト」に書き換えました。


2020年3月5日木曜日

ウイルスとホスト

このところのウイルス報道で、多くの方々がウイルスそのものや、感染症に関心を寄せているようです。こんな質問をいただきました。
ウイルスが自ら殖えられないことはわかりました。では、取り付いていた生物が死んでしまったら、ウイルスはどうなるのでしょうか?
この疑問は現在も研究されているようです。どんなことが考えられているのでしょうか。

ご指摘のとおり、ウイルスは自分では殖えられませんので、ほかの生物に感染しなければなりません。このとき感染された生物を「ホスト(宿主)」と呼びます。ホストが死んでしまうと、ウイルスも死んでしまいます。これは確かにウイルスにとっては不合理です。ウイルスにとっては、ホストが感染していることに気づかれないまま、ほかの生物へと次々に感染していくということが望ましいはず。それなのになぜ、ウイルスによる感染症で宿主が死んでしまうことがあるのでしょうか。

これには、ウイルスを中心に見たときのいくつかの仮説が示されています。一つは、
  • ウイルスが、それまで感染していたホストから新しいホスト(別の生物種)に換わったばかりで、ウイルスがまだ十分に新しいホストに適応できていない
という仮説があります。とても大雑把に言うと、ウイルスが新しい種類のホストに感染して時間的に早い段階では、まだ勝手がわからずに強い毒性を発揮して、意図せずホストを殺してしまったのではないか、というものです(もちろん、ウイルスに「思考」はありませんが)。もう一つを紹介すると、
  • 同じホストに複数のウイルスが感染して増殖の競争が起きてしまった場合、毒性が強くなってしまった
という仮説もあります。

さらに、ウイルスに感染されたホストに着目した研究があり、日本人の研究者(小林一三)らが2012年に学術誌 Scientific Reports に発表したものです。これは
  • 感染されたホストがウイルスもろとも死ぬことによって、仲間への感染の拡大を防いでいる
という仮説です。この研究では、ホストとして大腸菌を使い、「ウイルスに感染されると、増殖を許す大腸菌」と「ウイルスに感染されると、すぐに自殺する大腸菌」をいろいろな比率で混ぜてウイルスに感染させ、一定時間の経過後にどちらの大腸菌の集団が多く存在するかが調べられました。

その結果、ある条件下で「ウイルスに感染されると、すぐに自殺する大腸菌」が非常に多くなる、つまり大腸菌という種を存続させるために相対的に有利であることが示されました。さらに、このような結果は数値シミュレーションによっても再現されることも示されました(ご関心のある方は、文末の【参考】をご覧ください)。この研究は、ウイルスの視点ではなく、ホストの視点から考察されたものであり、感染によって死亡してしまうことが種としての存続に有利であることを示しています。

ウイルスの生存とホストの生存は、非常に複雑な関係を構築しているようです。もちろん、私たち人間が感染症によって命を落とすことがないように、さまざまな治療方法が開発され、病原体の研究が進められているのはご承知のとおりです。

現在もなお、この種の研究は続いていますが、このようなことが考えられているといるという例をご紹介しました。

【参考】「なぜ感染で死ぬのか?『利他的死による感染防御』の検証」(東京大学大学院新領域創成科学研究科)



2020年3月4日水曜日

くしゃみの不思議

東京はずいぶん気温の低い一日ですが、みなさんのお住まいのところはいかがでしょうか。さて、こんな質問をいただきました。

くしゃみをする時、鼻がムズムズして「ハックション」とくしゃみが出ます。「鼻」が「ムズムズ」するのに、空気は全部口から出てしまいます。この「鼻のムズムズ」は一体何なのでしょうか?

では、くしゃみが起こる原因を調べてみましょう。鼻粘膜にウイルスが付着して感染してしまった場合、身体の防御反応として炎症が起こります。このとき、肥満細胞と呼ばれる免疫機能を担う細胞から、ヒスタミンという物質が放出されます。このヒスタミンが鼻粘膜の血管を広げて、鼻づまりなどを引き起こします。また、このヒスタミンは鼻粘膜の知覚神経(三叉神経)を刺激します。この刺激は延髄の「くしゃみ中枢」に伝わり、最終的にくしゃみ中枢が、呼吸に関係する筋肉や喉の筋肉、顔の筋肉に信号を送ってくしゃみを起こさせる、ということになります。

ご質問の鼻のムズムズは、鼻粘膜がヒスタミンによって刺激を受けている状態、ということになるでしょうか。花粉症などの内服薬や点鼻薬などに、抗ヒスタミン剤が配合されているものがあります。この薬は、神経細胞とヒスタミンが結びつく場所(これを受容体といいます)をブロックして、ヒスタミンによる刺激を受けないようにしているわけです。

くしゃみは確かに口から出る空気が多いように感じますが、鼻からも空気は出ているはずです。そうでなければ、くしゃみの本来の意義が達成されませんね。気道から出てきた空気の通り道の体積が、鼻を通るよりは口を通る方が大きいので、口から出る空気が多いということでしょうか。あまりきれいな話ではありませんが、軽い鼻づまりのときなどは、くしゃみをすると鼻水が一気に出てきてしまう経験があると思います。鼻からも空気が出て、鼻水など粘性のあるものを押し出していることになりますね。

くしゃみのしくみ、納得していただけたでしょうか。

2020年3月3日火曜日

ところで、ウイルスってなにもの?

新型コロナウイルスが蔓延するのではないかと心配されている今日この頃。ニュースなどではいろいろな側面から取り上げられていますが、「ウイルスとはどういったものなのかがあまり知られていないのではないでしょうか。ウイルスとはなんなのでしょう」という質問をペンネーム・チャメさんからいただきました。

コロナウイルスという名前は知られていても、ウイルスとはそもそもなんなのか、ということについては、あまり知られていないかもしれません。今回はウイルスと感染症について基本的なことを理解しましょう。

鼻炎や咽頭炎などのような、いわゆる風邪を引き起こす原因はウイルスです。また、抗生物質は細菌には有効でも、ウイルスには効果がありません。風邪で病院にかかっても抗生物質が処方されないのはこのためです(もちろん、細菌による感染症と診断された場合には抗生物質が処方されます)。


ウイルスはタンパク質からできている殻と、その内側に遺伝物質である核酸をもつという、非常に簡単な構造からなっています。ウイルスは多くの生物とは違い、自分で殖えることができません。ウイルスが殖えるためには、ほかの生物の細胞を利用します。生物の特徴である「核酸をもっている」という一方で、「自分で殖えることができない」という非生物的な面を合わせ持っているのです。また、ウイルス自身でエネルギーをつくることもできないため、やはりほかの生物の細胞を利用します。

細胞はほかのものが内部に入ってこられないようにしっかりと守られていて、細胞表面の「鍵穴」にはまる「鍵」をもっているものでなければ侵入を許さないしくみになっています。細胞のもつ鍵穴は、身体の組織ごとにそれぞれ違っています。ところが、ウイルスの表面にはこの「鍵」のはたらきをする突起が付いていて、この鍵で開けられる鍵穴をもった部分にとりついて、細胞の内部に侵入してしまいます。喉が痛い風邪にかかった場合はウイルスが喉の表面の細胞にとりついたことになりますし、お腹の不調をともなう風邪にかかった場合はウイルスが消化管の細胞にとりついたということです。

ウイルスがこのようにして細胞に侵入し、自らを増殖させる状態になることを「感染」といいます。とても簡単に言うなら、細胞がウイルスに乗っ取られた状態です。

私たち生物は、細胞をウイルスに乗っ取られたままでは困ります。そのため、さまざまなしくみが備わっています。私たちがウイルスに感染したことを脳が感知すると、体温を上げるように指令を出します。筋肉が震えて熱を出したり、汗の量を減らして熱が逃げないようにしたりするわけです。つまり、風邪を引いて熱が上がるとウイルスが増殖しにくくなると同時に、私たちの免疫細胞がより活発にはたらくためです。

あるいは、腸にウイルスが感染したりすると下痢になります。これは単純に言うと、腸管内のウイルスを身体から早く排出しようとして下痢を起こしてしまうわけです。鼻水や咳も、このようにウイルスを身体から出してしまおうとするためのしくみです。このように、私たちのウイルスという外敵に立ち向かうためのしくみが、逆に私たちに「つらい症状」を引き起こしているわけです。

「風邪を引いてだるい」というのは、それは「休養してほしい」という身体からのメッセージ。風邪で発熱した場合の37度ほどは、人間がもっともだるく感じる体温だとも言われます。可能な限りは休養と栄養、それに水分を十分にとって、免疫細胞がウイルスに戦っている状態を応援してください。

数日しても快復しないのであれば、身体の免疫反応が、ウイルスの増殖に打ち勝てない状態になっているかもしれません。そのときは病院を受診することが必要です。医師に症状と経過を正しく伝え、あなたの状態にあった処置を受けましょう。あらかじめこれらのことを書いたメモを作っておけば、医療関係者にスムーズに伝えられますね。


今、問題になっている新型コロナウイルスの日常的な対策は、私たちが日頃、感染症にかからないための予防策と同じ。きちんと手を洗い、栄養と睡眠をしっかりとることが重要な予防方法です。


2020年3月2日月曜日

3種類の「北極」

昨日の記事で、
・・・地球の自転軸の北端(北極点)と地球が磁石からできていると考えたときの「地磁気北極」とはわずかにずれています。じつはもう一つ、北極があるのですが・・・
と書きました。まず、地球には次の2種類の「北極」があります。
  • 自転軸の北端(北極点)
  • 地球が磁石であると考えたときの「地磁気北極」

このうち地磁気北極はあまり聞いたことがないかもしれません。これは地球内部に長い棒磁石が埋まっていると考えたときに、棒磁石と地表とが交わる場所のうち、北にある方です。2020年の地磁気北極の位置は、北緯 80.7度、西経 72.7度(クィーンエリザベス諸島付近)にあるとされています。

残りの「北極」とは「北磁極」です。これは、磁場がつくる磁力線が地表で鉛直になる場所で、この場所では方位磁針が上下を向くことになります。棒磁石を厚紙の下に置き、砂鉄を厚紙の上に撒いて厚紙を少し揺らせば、砂鉄が棒磁石のN極とS極を結ぶ曲線を描きます。この曲線が磁力線です。地球の磁場は北半球と南半球で対称になっているわけではないので、棒磁石で見られるようにきれいな対称形にはなりません。

地球の磁場は地球内部(約3,000キロメートルの深さ)にある外核での液体の鉄の運動によって変化すると考えられています。地球の磁場の変動が近年は大きくなっており、2019年の観測では、北磁極の位置は1年で55キロメートルも移動していることがわかりました。北磁極の位置の変化の様子自体も、かなり不規則に変化するのですが、近年の変化はかなり大きいということです。しかし、南磁極の位置はそれほど変化していないとか。北磁極の大きな変化の原因はよくわかっていません。

地球の内部深いところで起こっている変化を理解するには、まだまだ時間がかかりそうです。